大木のはなし
まだま村の看板の横にある、杉の大株の話です。
高さは2.5メートル、株回りは私の腕で優に二抱えはあります。今はまるで元々あったかのように鎮座しており、頭の空洞から竹の枝が出て髪が生えた長老のように見えます。親しくしている村の材木屋さんの空き地にある時、その株がゴロンと横になっていました。「これだ!」と直感し、すぐ材木屋さんに話をしました。
約四百年経ったこの杉は線路上の断崖の上に線路にかぶさるように立っていたそうですが、大風か何かで線路上に落ちては危険ということで、切られることになったそうです。断崖にへばりついて四百年。それが今の姿です。そう思って眺めると線路上にあった時の雄姿が目に浮かんできます。普通なら使い道がありませんから切って捨てられるか、燃やされるところです。命びろいをしただけでなく、まだま村の看板杉になれたのですからきっと喜んでいるとことでしょう。
石は意思を持つ/樹は気を持つ/あなたは何を持つか
という坂村真民先生の詩があります。実際何かふしぎな気を発していますし、手を触れると「ありがとう」という波動が伝わってくるようです。四百年の株ですから風雷さらされ少しずつ風化しながら、少なくとも四百年はまだま村のある限り立ち続けるでしょう。「念ずれば花ひらく」碑、横の桜の古木も同じ材木屋さんに運んでもらいました。これも四百年経っています。長い間倒れたままで森の中に横たわっていましたから、かなり表面は朽ち果てていますが、年輪、風格という点では杉の大株に引け取りません。
桜の株には目がついており、クジラかイルカのようにも見えます。一度ゆっくり見てください。
(村長)

